研究開発Research and Development

林原 研究開発ストーリー 世界で初めて量産化を実現! 夢の糖質「トレハロース」

トレハロースは、餅や団子などの和菓子をはじめ、ケーキやパン、弁当類に至るまで、私たちの日常生活の中でごく当たり前のように使われている身近な糖質です。砂糖の38%の甘味度で、後を引かないすっきりした甘みを持ち、素材本来の味を引き出しつつ、美味しさや食感の良さを長く保つことができるとあって、現在では多くの加工食品に欠かせない素材となっています。
また、熱や酸に対する高い安定性やでん粉の老化抑制、保湿作用、たん白質の変性抑制作用などが評価され、加工食品のみならず、肉類の加工や生野菜の処理などにも用途は広がっています。
このトレハロースの大量製造法開発から現在に至るまでの道のりをご紹介します。

マッシュルーム糖とも呼ばれている

ごくわずかしか生産できない希少な糖質だった

実は、トレハロースは自然界にも存在している糖質の一つです。微小動物や植物の細胞内にも存在しており、シイタケ等のきのこ類に特に多く含まれていて、別名マッシュルーム糖とも呼ばれています。トレハロースは、それらの動植物が乾燥や凍結などの過酷な環境を耐え抜く時に、水の代わりとなって命を守る働きをしていると言われています。
その不思議な特性から、さまざまな用途が期待されたトレハロースですが、従来の製法は酵母を大量に培養して抽出するというもの。この他に、微生物による発酵生産法や植物に酵素遺伝子を導入してその組織内で作らせる方法なども開発されていましたが、いずれも低収率からの脱却には至りませんでした。それゆえ高値で取引されており、1 キログラム当たりの単価は3~5万円ほど。化粧品に配合されることはあっても、食品加工に利用されることはほとんどありませんでした。安価なトレハロースを作ることは、夢のまた夢だったのです。

大量生産への道のり

転機が訪れたのは90 年代初めのこと。林原は、でん粉を分解してつくる甘味料を得意としてきましたが、長らくこれといったヒット商品がありませんでした。新たな時代に向けての収益の基盤となるイノベイティブな商品の開発は急務だったのです。そして「新しい糖質を見つける」という特命のもと、天瀬研究所に新たなプロジェクトが誕生しました。
集められたスタッフによるブレイン・ストーミングではいろいろなアイデアが出され、ある人の一言が大きなヒントになりました。「砂糖のようで砂糖でない糖はどうか」という意見です。営業サイドからのマーケティングを視野に入れた要望ともあいまって、目指すべきゴールが明確化されたのです。これが「砂糖のようで砂糖でない糖」の開発の出発点になりました。
もともと麦芽水飴からスタートし、ぶどう糖やマルトースなどその時代の糖質業界に画期的な素材を送り込んできた林原には、「酵素」を扱うノウハウがありました。生体内で化学反応の触媒の働きをする酵素を扱う技術は、トレハロースの開発でも活かされることになります。

集められた土壌サンプルの一部

とられたのは、土壌中に存在する微生物が持つ酵素をでん粉に作用させて、新たな糖質を見つけるという手法。日本全国、さまざまな場所から採取した土壌のサンプルを集め、その中から菌を分離して、一つずつ丹念に調べていくというものです。
具体的には、土壌中の微生物を調べるために土壌を懸濁した液を微生物用のプレート培地にひろげ、27~37℃程度の温度で培養。1~2 日後に、できたコロニーを単離して液体培養し、でん粉に作用させ、どんな生成物が出てくるか酵素の反応性を調べます。そして、薄層クロマトグラフィーで興味深いスポットが出たものを拾い上げるのです。

学会の常識をくつがえす発見

対象となった土壌は約2000 種を数え、毎日気の遠くなる作業に明け暮れたという研究員たち。そんなある日、一人の研究員が偶然にもトレハロース生成酵素を産生する菌を発見しました。岡山市の土壌から採取されたアルスロバクターと呼ばれる微生物の仲間です。酵素反応でできた糖を分析していたある日のことです。「一番上にはぶどう糖があがり、二番目の位置には2 つぶどう糖がくっついたマルトースがあがりますが、マルトースとは発色の色調が違い、スポットの位置も微妙に違うスポットが見える。マルトースなどの還元糖だけが発色する硝酸銀で改めて発色させてみたら発色しない。そう考えると還元糖ではない・・・。もしかしたら、トレハロースかもしれない!」。入社2 年目で天瀬研究所に配属された丸田研究員は、幼い頃から理科好きで根っからの研究者肌。彼は糸口を見つけつつありました。
その後、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、質量分析、NMR を用いて検証。そして、トレハロースを特異的にぶどう糖へ分解する酵素で確かに分解されることも確認され、ようやくこの度見つかったのはトレハロースに間違いないだろうという判断がつけられたのです。
トレハロースの生成に関係していたのは、でん粉分子末端のぶどう糖をつなぎ直して切り離す「分子内転移と加水分解」という当時まで発見されていなかった酵素反応。まず、酵素I(分子内転移)の作用ででん粉の片方の末端のぶどう糖(還元末端)と、末端から2番目のぶどう糖との間の結合を変えてトレハロースの構造を作り出します。次に、酵素Ⅱ(加水分解)の作用で末端から2 番目と3 番目の間の結合を分解し、トレハロースをでん粉分子から切り離します。後はその反応の繰り返しでトレハロースを作っていく、というわけです。

トレハロース生成酵素を産生する菌を発見した丸田和彦

微生物がでん粉からトレハロースを高収率で生成していたというのは、大発見と言えるものでした。当時は「トレハロースがでん粉からできるはずはない」というのが学会の常識であったため、でん粉の80%以上をトレハロースへ変換できるこの製法は、まさに画期的なもの。常識を覆す発見が業界に大きなインパクトを与えたことは、言うまでもありません。
林原にとってマルトース以来となる大発見は、その後の社運を大きく変えるほどの主力商品の誕生をも意味しています。丸田研究員をはじめ研究室全体が歓喜に沸きました。夢の糖質トレハロースの世界初となる量産化の扉は、こうして開かれたのです。

さらなる可能性と未来への展望

トレハロースシンポジウム

それまで不可能と思われていた「夢の糖質」の量産化に世界で初めて成功した林原。1995年の上市以来、応用研究にも力を注ぎ、トレハロースに関わるノウハウを蓄積し続けています。そして、食品分野のみならず医薬品や化粧品、飼料・肥料、工業用素材や文化財保護分野に至るまで、その用途は今なお広がっています。
年々増加する出荷量に対応すべく、2016 年には工場を増築し増産体制も整えました。また、1997 年から毎年開催している「トレハロースシンポジウム」では、トレハロースの基本的な性質や、食品・化粧品・医療・農畜産分野への応用に至るまで、社外の研究者からもさまざまな研究成果が発表されています。
美味しさと健康、そして美容に寄与する素材として、トレハロースの可能性の追求はこれからも続いてゆきます。