林原 研究開発ストーリー 伝統的な薬用植物の効能解明に端を発した 化粧品向け植物エキス「藍ルーロス®」

独特の深い青色をもつ染料として、古来より日本をはじめ世界各地で用いられてきた「藍」は、解毒・解熱・消炎といった効能をもつ薬用植物としても知られていました。
藍ルーロス®」はタデ藍の葉および茎から有用な成分を抽出した、美白効果のある化粧品素材として2005年に上市されました。当社では創業時に始まった糖質研究の他に医薬研究にも力を入れており、この藍ルーロス®については、医薬品分野での基礎研究から始まり、時を経て化粧品分野にいかされたという経緯があります。幅広い分野での研究の蓄積があったからこそ可能となった、この開発ストーリーをご紹介します。

古代の人々にも知られていた藍の効能

タデ藍の花(左)と葉(右)
藍の歴史は非常に古く、紀元前2000年ごろの古代エジプトで既に藍染めが行われていました。また薬用植物としては、およそ2000年前の中国最古の薬物書『神農本草経』にも記述があります。科学が発達する前から、先人たちは生活の知恵として藍の薬効を知り、利用してきたのでしょう。

実はこの「藍」は、アイという固有の植物があるわけではなく、青色染料のもとになる物質であるインディカンを含む植物全般(「含藍植物」と総称される)を指しています。

当時、当社で藍の研究に携わっていた岩城完三氏は、
「日本の藍といえばタデ科に属するタデ藍ですが、マメ科のインド藍、アブラナ科のヨーロッパ大青など、世界各地に数10種の含藍植物が存在しており、いずれも染料や薬用として活用されています。先人たちがそれぞれの地でインディカンを含む植物の有効性を見つけ出し、生活に利用してきたという点が、非常に興味深いですよね」と話します。

民間伝承の薬効を現代の技術で解明

当社が藍の研究を始めたのは、1995年のことです。 自然界に存在する有益な物質を人々の健康に役立てたいとの思いのもと、当時、社内の医薬品研究チームでは、プロポリスなどさまざまな天然由来物質の研究を行っていました。藍もそのひとつであり、「藍染めの服を身につけた武士は、傷を負っても化膿せず治りが早い」「虫や蛇を寄せ付けない」といった数々の伝承に着目し、研究テーマとして取り上げることになりました。

藍の薬効は古くから知られていたものの、現代の西洋科学的なアプローチによる研究論文はほとんど報告されていなかったため、自社で基礎から研究をスタート。藍の葉を水で煮出したり、有機溶媒を使用して成分を抽出したりして、藍のエキスにどのような効果があるかを調べたところ、抗酸化、抗炎症、抗菌、抗ウイルスといったさまざまな生物活性があることが確かめられました。中でも抗酸化作用や抗炎症作用は、本ストーリーの後半で触れられる藍ルーロス®のスキンケア効果にもつながる重要な機能です。

こうした作用は、具体的には藍エキスの中に含まれるどの成分がもたらしているものなのでしょうか。これを明らかにすべく、エキスの中からそれぞれの活性を示す成分を単離・同定する研究が次に行われました。

「エキスの中には数えきれないほどの種類の成分があり、その中から目的の有効成分だけを抽出するという作業は、本当に大変なことなんです」と、岩城氏は話します。抽出したい成分の特性が分からない中で、吸着、ろ過などさまざまな手法を組み合わせて精製していく、非常に手間のかかる作業が必要でした。それでも、これまでにない新たな有効成分を見つけて医薬品原料の新規開発につなげたいという思いで、日々研究を進めていきました。

約5年にわたる研究の結果、含藍植物に特徴的に含まれるトリプタンスリンという物質が、抗炎症作用をはじめとした藍の薬用的な効果を顕著に示す成分であることがわかりました。ところが、トリプタンスリンは既に報告された物質であったことがわかりました。残念ながらこの時点では新規の医薬品有効成分としての権利化・製品化には至りませんでしたが、長年追求してきた物質の特徴や知見を活かしたいという思いはあきらめきれませんでした。

医薬研究の成果を化粧品素材へ応用

当時の化粧品研究チームのメンバー

トリプタンスリンの同定から数年後。社内では自社開発の「AA2G®」(安定型ビタミンC)の上市をきっかけに、化粧品分野の専門部隊が立ち上がり、化粧品の素材開発・用途開発に積極的に取り組むようになっていました。 化粧品研究チームは、当社の様々な研究テーマで得られた成果から、化粧品として有望なものを探索し、藍の研究に着目しました。藍のエキスがもつ抗酸化・抗炎症作用を化粧品にいかせるのではないかという声が挙がり、開発テーマとして取り上げられることになりました。

その化粧品研究チームの一員であった澤谷真奈美氏は、当時の様子を振り返り「化粧品という新たな分野で、今までにない優れた素材を自分たちの手で生み出したいという意欲に満ちていましたね。当時は10名ほどのチームでしたが、藍については社内でも期待感が大きく、メンバーそれぞれの得意分野をいかしながら全員一丸となって精力的に取り組んでいきました」と語ります。

医薬品研究チームと連携して製品化へ

澤谷氏(左)と岩城氏(右)近影

まず、藍の化粧品素材の開発にあたり、機能を探索するための実験が進められました。その結果、先の研究で明らかになっていた抗酸化作用、抗炎症作用のほか、美白、保湿、コラーゲン産生促進といった美容に有益な作用が次々と明らかになり、特に美白作用においては顕著な結果が得られました。しかし、製品化までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。まず、天然物由来の原料を使う植物エキスは、沈殿が発生しやすいという課題がありました。そのため、藍の研究でトリプタンスリンの精製を担当していたチームと連携し、沈殿ができるだけ出ない製法へと改良を行いました。また製造の面において、新規素材を研究レベルから工業レベルへ引き上げるためには、生産技術の知見や専門的なノウハウが必要ですが、当時はそのような部隊はありませんでした。そこで医薬品研究チームと共に量産へ向けたスケールアップを試み、製品化までこぎつけました。

2005年、タデ藍を水で抽出した藍水抽出液を主成分とした新規化粧品素材を、「藍ルーロス®」との製品名で上市することができました。藍ルーロス®という名前にも化粧品研究チームの思いが込められています。最初は、宝石に光を当てたときに起こるキャッツアイ効果(猫の目のような白い光が線状に輝く現象)に着想を得たそうです。この光のように、藍ルーロス®を使った人に輝いてほしいとの願いを込めて、ギリシャ語で“猫”を意味する「アイルーロス」に「藍」をかけて藍ルーロス®としました。

化粧品原料は人の肌に直接触れるものであるため、原料となる藍葉は、国内の特定の産地で、厳密な基準のもとに栽培されたものに限定しています。日本伝統の薬用植物「藍」を原料とする藍ルーロス®は現在、化粧水やクレンジング、美白エッセンス、オーラルケア製品など、幅広いパーソナルケア製品に配合されています。
「昨今では地球環境に配慮された植物由来の原料が求められています。私たちは20年以上も前から時代を先取りして、自然由来の物資である藍を研究、製品化へと繋げてきたのです」と、澤谷氏は誇らしく話します。
農薬不使用で栽培され、「とくしま安²農産物(安²GAP)認証制度」では優秀認定を受けています。
とくしま安²農産物(安²GAP)認証制度とは、徳島県がGAP(Good Agriculture Practice:農業生産工程管理)の考え方と
農場管理手法を取り入れ、「食品安全」のほかに「環境保全」や「労働安全」などに配慮した農業生産体制を認証する制度です。
とくしま安²農産物(安²GAP)認証制度概要

長年の研究が紡ぐ成果

上:1981年に設立された藤崎研究所。医薬・糖質研究を行っている。
下:藤崎研究所内の廊下。来所された著名人や世界トップレベルの研究者のサインやメッセージが入った色紙が飾られている。(2024年1月現在)

藍ルーロス®の開発は決して一朝一夕になされたわけではなく、長年の基礎研究や、医薬品研究チームとの連携により様々な課題を乗り越え、製品の上市に至りました。当社では、トレハロースに代表される糖質の研究の他、長年にわたり医薬研究にも尽力しており、高い技術をもっていました。全国でも最先端の研究をする企業として知られ、国内外から意欲的な研究者が集まっていました。その活気に満ちた研究環境が、糖質にとどまらないさまざまな素材開発につながりました。

岩城氏は当時を振り返ります。
「私たちが実験に使った藍は、島根県安来市の農家に委託して無農薬で栽培してもらっていました。藍が成長するまでは農家の方にお任せしましたが、刈り取りは社員が実際に現地に赴き、自分たちで行っていました。藍は日の出前に刈り取るのがもっとも品質がよいとのことで、鎌などを持って深夜に会社に集合して、みんなで車に乗って行っていましたね。大変でしたけど、当時のいい思い出です」。

「基礎研究の世界では、研究成果が製品化に辿り着くまで非常に高いハードルがある中、藍ルーロス®は当社の医薬研究から生まれた新しい化粧品素材として世に送り出すことができました。基礎研究に携わった者としてとても嬉しく思いました。医薬品素材としては製品化できなかったけれども、私たちの努力は無駄ではなく、研究のバトンは別の研究チームへと繋がり、製品化へと導いてくれました」。

複数の研究チームが分野を超えて協力し合うという姿勢は今も変わりません。これからも研究の知見を繋ぎながら、人々の役に立つ新規素材を生み出していきます。