研究開発ストーリー 水溶性を高め用途が飛躍的に拡大 柑橘由来のポリフェノール「糖転移ヘスペリジン」

糖転移ヘスペリジンは、柑橘類に含まれるヘスペリジン(ビタミンP)を、酵素反応によりぶどう糖と結合させた物質です。糖と結合させたことで水への溶解性が約10万倍も高まり、体内への吸収性も向上、飛躍的に用途が広がりました。糖転移ヘスペリジンの製造・用途特許の出願は平成元年(1989)ですが、“糖転移”という技術の開発のスタートは、昭和40年代半ば(1969~1970)にまでさかのぼります。今日の当社の主力商品のほとんどが、この糖転移という技術を用いて開発されており、この技術はナガセヴィータ(Nagase Viita)にとってその後の社運を決めた重要な存在であると言っても過言ではありません。世界初となった、革新的技術の開発の経緯と歴史を振り返ってみましょう。

マルトース(麦芽糖)の用途開発がきっかけになった
「糖転移技術」の研究

マルトース(一水和物)の構造式マルトースの結晶

水飴製造業として明治16年(1883)に創業したナガセヴィータ(旧・株式会社林原)は、昭和34年(1959)に酵素糖化法によるぶどう糖の大量製造に成功。その後、昭和43年(1968)に世界で初めて酵素糖化法によるでん粉からの高純度マルトース製造技術を開発しました。
大量製造が可能になったマルトースをどう使うのか。用途開発は社としての重要課題となり、昭和44年(1969)、当時入社4年目だった三宅俊雄研究員に出向命令が下され、倉敷市の岡山大学農業生物研究所(現・岡山大学資源植物科学研究所)で用途研究を行うことになりました。
当時、マルトースの主な用途として開発がすすめられたのは、1. さらに純度を高めて点滴用注射剤に、2. 還元してマルチトールとし低カロリー甘味料に、3. マルトースそのものを低甘味の甘味料に、という三つでした。これに加えて、マルトースの分子構造に着眼した四つ目の用途研究が、その後のナガセヴィータにとって大きな道を開くことになりました。
マルトースは二つのぶどう糖分子が結合した構造をしており、分子と分子をつなぐ部分に、結合エネルギーが存在しています。一方、最小単位であるぶどう糖には、分子間の結合エネルギーは存在しません。つまり、酵素反応で結合エネルギーのないぶどう糖を他の物質に結合させることはほとんど不可能ですが、結合エネルギーのあるマルトースであれば、転移作用を持つ酵素でぶどう糖を切り離し、別の物質にそのぶどう糖を転移結合させることが論理的に容易なわけです。こうして、マルトースを糖の供与体とし、別の物質(受容体)に糖を結合させるという、画期的な糖転移技術の研究が始まったのです。

糖転移の概念図

ビタミンの欠点を
補うことに成功

三宅研究員はまず、ビタミンB2にぶどう糖を結合させる実験から始めました。受容体にビタミンB2を選んだのは、国内外での研究例から糖との結合のしやすさが既に知られていたためです。ビタミンB2には「水に溶けにくい、苦味が強い、光に対する安定性が低い」などの欠点があります。ところが、これに糖を1分子結合させてみると、水によく溶けるようになり、苦味が10分の1程度に下がり、光への安定性は高まることがわかりました。このことから、糖を結合させることで、さまざまな物質の欠点を解消することができるのではないか?という手ごたえを得たのです。
当時の社長にこの実験結果を報告すると、「同じように不安定なビタミンCに糖を結合して安定化させられないか」という新たな課題が示されました。受容体をビタミンB2からビタミンCに替えれば、糖転移ビタミンCができるはずです。研究を重ね、糖転移ビタミンC※1の合成に成功したのは、昭和45年(1970)頃のことでした。
  • ※1 ナガセヴィータで現在製造している糖転移ビタミンC「AA2G」とは、糖の結合部位が異なるものでした。

研究のきっかけとなったセント=ジョルジ博士の講演集

一冊の本がきっかけでヘスペリジンに注目

そんなある日(昭和45年(1970)6月4日)、三宅研究員は通勤途中に立ち寄った倉敷市内の書店で、ビタミンCとビタミンP※2を発見したノーベル生理学・医学賞受賞者のセント=ジェルジ・アルベルト博士の講演集を入手しました。その後博士の業績を調べたところ、ビタミンPがビタミンCの働きを増強させる、ということが示唆されていて、これに可能性を感じた三宅研究員は、ビタミンCの次にはビタミンPにも糖を転移させてみようと考えたのでした。
  • ※2 現在、日本ビタミン学会ではビタミンPはビタミンではなく、ビタミン様物質として規定しています。

ヘスペリジンは温州みかんなどの
柑橘類の果実の皮や袋に多く含まれる

ビタミンPは柑橘類の皮や槐(えんじゅ)の花に含まれるフラボノイド系の化合物で、ヘスペリジン、ナリンジン、ルチンなどの総称です。その中のヘスペリジンは、漢方薬の陳皮(ちんぴ)に含まれる有効成分として知られていますが、水に溶けにくいのが難点で、水に溶けやすくなれば幅広い用途が開けることが予想されました。
しかし、水にほとんど溶けないヘスペリジンは、酵素を作用させることが難しく、反応条件を決めるのに非常に苦労し、何度も試行錯誤を重ねました。そして着想から、十数年が経過した昭和63年(1988)、初めて酵素による糖転移技術を利用して、ヘスペリジンにぶどう糖を結合させることに成功したのです。

中国地方発明表彰「中小企業庁長官奨励賞」を受賞

決め手となったのは、マルトースよりも結合エネルギーを多く持っているデキストリンを糖の供与体とし、これに当社が開発していた好熱性CGTase(シクロマルトデキストリン・グルカノトランスフェラーゼ)という酵素を用いたこと。このCGTaseは、糖転移の力が強く60~70℃の温度帯で作用するという非常に優秀な酵素です。その結果、糖転移ヘスペリジンはヘスペリジンに比べて約10万倍も水に溶けやすくなり、本来ヘスペリジンが持つ機能を多用途に活かすチャンスが広がったのです。そして翌年の平成元年(1989)に、糖転移ヘスペリジンの製造・用途特許の出願を果たし、その後特許登録されました。
一方、開発された糖転移ヘスペリジンの機能の研究は、三皷仁志研究員に引き継がれました。最初は、論文を読みあさり、ヘスペリジンの生理機能などを調べるところからスタート。水にほとんど溶けないヘスペリジンは扱いにくいため、機能の研究もあまり進んでいませんでしたが、毛細血管を強くする、活性酸素を除去するなどについては論文報告があったので、糖転移ヘスペリジンでも同様の働きがあるかどうか※3、データをとることにしました。
  • ※3 糖転移ヘスペリジンは、摂取すると体内の酵素でぶどう糖の結合が切れ、ヘスペリジンとしての効果を発揮します。

トクホ取得に向けての新たな研究

糖転移ヘスペリジンの研究は若い世代に引き継がれている
(右端が三皷研究員)

2000年代に入ってメタボ検診の義務化など、健康志向は高まりを見せ、食品業界ではトクホの認可取得の動きが盛んになってきました。そんな時期に、糖転移ヘスペリジンも新たな局面を迎えます。それまでの実験では、予想していたような効果がなかなか確認できなかったのですが、中性脂肪の値を下げる機能については顕著に結果が現れたのです。平成14年(2002)頃には国からの研究費も加わり、ヒト試験によるデータ取得も可能になりました。その結果、糖転移ヘスペリジン摂取によって、血中中性脂肪値の高い被験者の中性脂肪値が平均で約3割低減するというデータが得られ、さらには超悪玉コレステロール(small dense LDL)の生成を抑制して動脈硬化などの予防に役立つことを確認しました。また、動物および肝臓細胞を用いた研究で、糖転移ヘスペリジンは肝臓において中性脂肪の合成抑制と脂肪酸のβ-酸化促進を介してその作用を発揮することがわかりました。
これらの成果を論文投稿し、学会で発表をすると大きな注目を集め、製薬会社や飲料メーカーなど数社が糖転移ヘスペリジンを関与成分とするトクホ商品の開発に名乗りを上げ、製品開発がスタートしました。肝臓内で作用するという、それまでのトクホにはない新規の作用メカニズムだったこともあって、さまざまな困難がありましたが、学会発表から7年の時を経て、平成24年(2012)に三つの商品がトクホの表示認可を取得し、発売されました。

トクホや機能性表示食品に配合

また、平成21年(2009)には、ヘスペリジンの研究を行っている大学や研究機関の先生方が中心となって「糖転移ヘスペリジン・ビタミンP研究会」が発足。ナガセヴィータは事務局としてその運営をサポートしています。研究会では、毎年研究発表会が開催されており、食品のみならず医療や美容など幅広い分野で成果が報告されています。こうした機能研究の活発化と並行して、糖転移ヘスペリジンを配合した製品も増えてきており、今後もさらなる用途の拡大が期待されます。ナガセヴィータの研究部門でも、より多くの人に糖転移ヘスペリジンを役立ててもらえるよう、日々研究を続けています。