研究開発ストーリー スピーディな研究開発で量産化を実現糖転移ビタミンC「アスコルビン酸2-グルコシド」

ビタミンC(アスコルビン酸)は人間にとって欠かすことのできない栄養素であり、メラニン産生の抑制、免疫力の強化といった効用も多く知られる物質です。しかしながらビタミンCは化学的に非常に不安定で、熱や光に弱いという性質があり、そのままでは製品に配合しにくいという問題がありました。
壊れにくく、安定した性質をもつビタミンCを工業的に生産することができれば、食品や化粧品などさまざまな分野で大きなニーズがあるはず―。その期待に応えたのが、アスコルビン酸2-グルコシドです。この画期的な安定型ビタミンCの量産化に至るまでのストーリーを追ってみましょう。

アカデミアから持ち込まれた新規物質

アスコルビン酸2-グルコシドの構造式
アスコルビン酸2-グルコシドは、酵素反応によってビタミンC(アスコルビン酸)の2位水酸基にグルコース(ぶどう糖)1分子を結合させ、安定性を高めたものです。酵素の作用で糖を他の物質に結合させる「糖転移」という技術を使って作られています。
この技術についてナガセヴィータ(Nagase Viita)では昔から研究・実用化が進んでおり、砂糖にぶどう糖やマルトオリゴ糖を結合させた水飴(砂糖結合水飴)「カップリングシュガー®︎」などの製品が既に発売されていました。

アスコルビン酸2-グルコシドが世に出るきっかけとなったのは、岡山大学薬学部(当時)の山本格教授の研究です(末尾のコラム参照)。山本教授は、1989年にラット由来の酵素を使って生成したビタミンC配糖体が、それまで知られていたビタミンC配糖体と性質の異なる新しいビタミンC配糖体、アスコルビン酸 2-グルコシドであることを突き止めました。しかしラット由来の酵素では得られる量が非常にわずかで、分析を進めるにも不充分でした。そこで、「もっと効率よく生成できる酵素を見つけて、まとまった量のアスコルビン酸2-グルコシドを作れないか」と、ナガセヴィータに相談が持ちかけられたのです。

これはつまり、大学の研究室で見出された極めて微量しか得られない物質について、より効率的な大量生産方法を確立するということです。この難しい依頼に応える技術者として、当時入社4年目の気鋭の若手研究員、阿賀創さんに白羽の矢が立ちました。

量産化の道を拓いた酵素「CGTase」

阿賀研究員はまずこのアスコルビン酸2-グルコシドを、構造のよく似た他のビタミンC配糖体と明確に区別できる分析方法を検討しました。従来型の検出機「HPLC」に「フォトダイオードアレイ」という当時最新鋭の検出機を接続することで、アスコルビン酸2-グルコシドを他のビタミンC配糖体と明確に区別できるようになり、より精度の高い分析が可能になりました。

次に、より生産効率のよい酵素を探すため、研究室で保有していた数々の酵素の中から糖転移を起こせそうなものを20種ほど選定。ズラリと並べた試験管にビタミンCと転移させる糖を入れ、選定した酵素を反応させて生成物を分析しました。

するといくつかの酵素でアスコルビン酸2-グルコシドの生成が認められ、その中でも特に「CGTase」という酵素を用いると、非常に効率よく作れることがわかったのです。このCGTaseは、日ごろからナガセヴィータの社内で「カップリングシュガー®︎」などの製造のために用いられているものでした。

ラット由来の酵素に比べて微生物由来のCGTaseは非常に効率的に大量のアスコルビン酸2-グルコシドを生産することができ、調達も社内で容易に行うことができます。阿賀研究員による的確な酵素選定が契機となり、わずか2、3日というスピードで、量産化に向けた大きな道筋ができました。

アスコルビン酸2-グルコシドの結晶

開発された製造設備(当時)

阿賀研究員の所属する研究チームは、すぐさまこのCGTaseを用いて試作を開始。わずか1ヶ月半後には、純度96%のアスコルビン酸2-グルコシドを4.1kg調製することができました。さらに1ヶ月後の1989年8月、ナガセヴィータは世界で初めて、アスコルビン酸2-グルコシド結晶の析出に成功しました。これにより高純度でハンドリングのよい製品スペックが実現可能になったのです。

開発された製造設備(当時)

研究チームがアスコルビン酸2-グルコシドの生成方法を確立したことを受け、生産部門が工業的な量産化に向けた開発に着手しました。この方法をよく知る研究チームのひとりが生産部門に赴いて製造方法を確立し、さらに新技術を取り入れた製造設備の開発に取り組みました。こうした一連の取り組みは、研究開発から製造まで一貫体制を敷くナガセヴィータだからこそ実現したものです。
そして1995年、安定性に優れた待望のビタミンC誘導体として世に送り出しました。
この成果は大きく評価され、2020年には日本ビタミン学会から
「企画・技術・活動賞」を受賞しています。
安定型ビタミンCの⼯業的⼤量⽣産技術の開発で⽇本ビタミン学会の「企画・技術・活動賞」を受賞

地道な研究の積み重ねが実を結ぶ

株式会社林原生物化学研究所 天瀬研究室(当時)

どんなに優れた性質をもつ新しい物質も、小さな試験管の中でしか作れなければ、研究の域を出ることができません。現実的なコストで安定的に量産できてはじめて、世の中に価値を届けられるのです。

ナガセヴィータではこのアスコルビン酸2-グルコシド量産化に向けた開発を、わずか4名のメンバーにより、3ヶ月という異例のスピードで成し遂げました。この成果は、ナガセヴィータが以前より地道に酵素の研究を続けていたからこそ実現できたといえます。

まず第一に、自社研究室に日ごろから膨大な種類の酵素がストックされており、すぐに実験に着手できたことが大きな利点でした。また生産部門で大量のCGTaseを扱っていたことで、一般の研究所では調達に苦労する量の酵素をふんだんに使うことができたのも、アスコルビン酸2-グルコシドの生産方法の早期確立につながりました。
数kg単位での試作や精製方法の開発についても、長年にわたる研究試薬製造を通じて蓄積されたノウハウが役立ちました。限られた試薬製造設備を駆使し、考えられる方法を次々と試してスピーディに成果を出すことができたのです。もちろん、阿賀研究員をはじめとするナガセヴィータの研究チームの、酵素に関する豊富な知見が土台にあったことは言うまでもありません。

阿賀研究員 近影

このとき新たに獲得した技術は、のちのトレハロース量産化の開発にも活かされることになりました。

阿賀研究員 近影

阿賀研究員は、当時を振り返って語ります。

「当時の自分としては、いつもの研究と同じように、ひたすら仮説を立ててサンプルを作って実験を繰り返しただけでした。たまたまいろんな予想が当たって順調に成果が出たので、その都度うれしい気持ちはありました。予想が外れたら、また違う方法を考えて何度でも試すだけ。後から振り返ればすごいことをやり遂げていたのですね。」

環境負荷の少ない機能性素材

アスコルビン酸2-グルコシドは化粧品用素材「AA2G®︎」として1995年に上市されてから今日まで、メラニンの合成抑制などの作用をもつ素材として、国内外のたくさんのパーソナルケア製品に用いられています。 それまでは、例えば美白化粧品にビタミンCを配合する場合、熱や光によって分解されやすいというビタミンCの性質を補うために、抗酸化剤を加えたり、分解による損失を見越して大量に添加したりする必要がありました。アスコルビン酸2-グルコシドの登場はこうした問題を解決し、より低コストで機能性の高い製品づくりを可能にしたのです。

原料も、ビタミンCと酵素、でん粉というシンプルなもの。酵素の自然な働きを利用して生産するので、製造工程でのエネルギー負荷が少ないことも特徴です。また、製造工程で排出される糖液は飼料などの原料に活用し、廃棄を減らしています。

微生物由来の酵素の作用を活かした製品は、機能面だけでなくサステナブルな開発・製造という面からも高く評価されており、日本国内はもちろんのこと、近年は特に環境意識の高い欧米など海外からも注目されています。今後はさらにグローバルな展開を行い、より多くの人々に価値を届けていきます。

COLUMNコラム

“岡山大学薬学部 山本格教授によるアスコルビン酸2-グルコシドの発明”

アスコルビン酸2-グルコシドは1989年に、当時岡山大学薬学部の教授を務めていた山本格氏によって発明されました。

山本教授は、体内でのビタミンCの生理作用についての研究の過程で、ビタミンC配糖体に注目しました。動物の体内でも、食物から摂取したビタミンCは体内の酵素によって配糖化され、安定した状態で貯蔵されているのではないかと考えたのです。 そこで、ラットの小腸にある酵素をビタミンCと糖に反応させ、配糖体(糖を付加した物質)を生成しました。これをHPLC分析したところ、すでに発見されていたアスコルビン酸6-グルコシド(黒カビ由来の酵素で作られるビタミンC配糖体で、還元性をもつ)と、わずかにピークの位置が異なっていることを見つけました。違いはごく微細なものでしたが、山本教授は鋭い観察眼によって、これが新しいビタミン配糖体であることを突き止めたのです。

その後の研究で、アスコルビン酸2-グルコシドは空気に触れても酸化せず、生体内に入ると体内の酵素と反応してビタミンCと糖に分解されるという性質をもつことがわかりました。
  • 岡山大学の山本教授が見出した物質を、
  • 同じ岡山の地場産業であるナガセヴィータが量産化。
  • このことは、地域の産学連携の大きな成果といえます。
  • 岡山大学の山本教授が見出した
  • 物質を、同じ岡山の
  • 地場産業である林原が量産化。
  • このことは、地域の産学連携の
  • 大きな成果といえます。

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