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ナガセヴィータのWebマガジン

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2022.03.30

持続可能な農業の実現へ、課題解決の活路を開く「バイオスティミュラント」

農業分野で新しく生まれた「バイオスティミュラント」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。一般にはまだなじみの薄いものですが、肥料や農薬の効果を補って生産性を向上させ、農業や食料調達に関するさまざまな課題の解決につなげる新技術として、世界各国で注目を集めるようになりました。日本では2018年に協議会が発足し、国内の普及に向けた取り組みが始まっています。

食料課題の解決に向けて注目される新技術

世界では爆発的な人口増、気候変動、大規模自然災害、感染症の拡大、そして日本国内では高齢化による担い手不足など、さまざまな問題を抱えている現代の農業。将来にわたるサステナブルな食料生産システムの構築が急務となる今、これまで以上に生産性が高く環境にやさしい農業技術が求められるようになっています。

そこで近年、注目を集めているのが「バイオスティミュラント」(BS)という新しい農業資材。
直訳すると「生物刺激剤」(Bio=生物、Stimulant=刺激剤)の意となるこのBSは、肥料のように植物に栄養分を与えるものとも、農薬のように病害虫や雑草を駆除するものとも異なり、「植物が本来もつ力を引き出し、安定した生育と収穫に導くもの」とされます。
早くからこの分野をリードするのはヨーロッパですが、日本でも2021年に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」において革新的農業技術として言及され、急速に関心が高まっています。

ストレス耐性を高め、植物のもつ力を引き出す

須藤修さん▲須藤修さん(日本バイオスティミュラント協議会 事務局長)

お話を伺ったのは、日本バイオスティミュラント協議会 事務局長の須藤修さん。農業資材メーカーに勤めながら2018年にこの協議会を立ち上げ、普及に向けての窓口役を務めています。

須藤修さん▲須藤修さん(日本バイオスティミュラント協議会 事務局長)

―「植物が本来もつ力を引き出す」とは、どういうことなのでしょうか。

「作物はもともと種子の時点で、収穫可能な最大量が遺伝的に決まっています。ところが種から生長していく間に数々のストレスにさらされることで、統計的には元来の収量ポテンシャルの最大8割程度まで少なくなってしまうんですね。
このギャップを埋めるための策のひとつが、病害虫や雑草といった生物的ストレスを低減する農薬です。これに加えて、高温や低温、塩害といった農薬ではカバーできない非生物的ストレスを制御するのがBSなのです」。

▲作物の収量を考察するモデル

BS製品の原料となるのは、動植物が分解して生成される腐植酸や、海藻から抽出される多糖類、アミノ酸や各種ミネラル、植物と共生する微生物といった自然由来のもの。中には古くから農業現場で利用されているものもあり、日本の「ぼかし肥」(有機物を発酵させた肥料)なども広義のBSのひとつといえます。
これらを作物の栽培過程で適切に用いることにより、植物に光合成機能の改善、根の活性向上(水や養分の吸収力の向上)といったより良い作用をもたらし、ストレスへの抵抗力を高めます。

▲バイオスティミュラントの分類例

「ここで強調したいのは、BSは万能な切り札ではないということ。農薬・肥料・土壌改良剤・育種といった既存の技術と相互補完的に組み合わせることで、リスクを分散しながらより良い生育を図ろうというものです」と、須藤さんは説明します。

―なぜ今、世界的にBSへの関心が高まっているのでしょうか。

「地球上の耕地面積はこれ以上増えず、人口はどんどん増えていくという状況で、世界全体で充分な農産物を調達するには単位面積当たりの収量を上げていくしかありません。効率性向上の鍵は、まだ手付かずの課題である非生物的ストレスの対策にあります。肥料や農薬などの従来のソリューションに加え、BSのような環境にやさしい新しい技術を組み合わせることによって、未来の食料問題に立ち向かおうということだと考えています」。

一方日本国内に対しては、
「人口が減少している日本では、国際的な情勢とはやや背景が異なると考えています。日本においてBSの利点が発揮できるのは、収量増よりもむしろ品質向上に重点が置かれると思います。質の高い、味のよい作物ができれば消費者のニーズを満たせます。
さらに、よい状態で生育できれば作物の形やサイズがそろうようになるので、『規格外』とされる作物が少なくなり、廃棄ロスを減らせることもメリット。選別等の労力が軽減されることで、担い手問題に苦慮する農家の生産効率向上にも貢献できると考えます」と、須藤さんは話します。

またBSは自然由来であることも、注目される大きな理由。環境に負荷をかけず、農薬や化学肥料の役割を補ってこれらの過度な使用を抑えることができるBSは、これからの農業にまさに必要とされるものといえるでしょう。

▲従来のソリューションとBSによる新たなソリューションの両方で農業の課題を解決

バイオスティミュラントとしてのトレハロース

さて、このバイオスティミュラントについては、ナガセヴィータ(Nagase Viita)でも以前より研究を進めています。
「これまでの研究で、当社のトレハロースに、植物本来の免疫力を誘導する機能があることがわかっています。
例えば、トレハロースを植物に与えることで、気孔の開閉を調節するホルモンが誘導され、乾燥に耐える力が強まる現象が報告されました。他にも、散布によってアブラムシ(害虫)の嫌うデンプンが合成され、農薬を使わずにアブラムシの害を避けることができるなど、さまざまな効用が認められています」。
こう話すのは、ナガセヴィータでBS関連の研究開発に携わる東山隆信さん。

▲トレハロース粉末と結晶
水分を保持する、たんぱく質を安定化させるなど幅広い機能を持ち、食品、化粧品、医薬品、アグリ分野などに幅広く使われている糖質。トウモロコシなどのでん粉に酵素を作用させて作る製法をナガセヴィータが開発。

「トレハロースはもともと菌や虫の体内にも存在する成分なので、人工的に散布することにより、植物はこれらのストレス源がきたと勘違いして、ホルモンを出して抵抗しようとするんです。その作用により、結果的に病気にかかりにくい体質にできるということ。わかりやすく言えば、ワクチン接種のようなものですね。非生物的な環境ストレスだけでなく、将来的には害虫や病気などの生物的ストレスへの抵抗性も期待できます」と、東山さんは説明します。

トレハロースのもつ細胞安定化機能を、間接的にBSへ活かす事例もあります。
「南米では、大豆栽培のために「根粒菌」という微生物をBS製剤として用いています。この根粒菌製剤は、生きた菌であるため、そのままでは長期間常温で保存することができません。ここにトレハロースを加えると、菌体の膜構造を安定化させ保存性が大幅に向上し、南米の大豆農家に広く普及させることができました」。

▲トレハロースにはBSとしての直接的効果とBSを安定化させる間接的な効果もある

「根粒菌製剤の普及は、現地の農家にとって非常に大きなメリットがあります。
第一はコスト。根粒菌が使えなければ、高価な化学肥料を大量に使って窒素分を補わなくてはなりません。これに比べて大気中の窒素を効率的に固定化する根粒菌製剤は圧倒的に価格が安いため、農家の経済状況の改善につながります。
もうひとつは安全性。BSは自然由来のものであるため、化学肥料の連続使用による地力の低下や、農業従事者の健康被害といった課題を解決することができるのです」。

東山さんは続けて、
「トレハロースはもともと土中の微生物を利用して作っているものですから、農業への利用は、土からもらったものをまた土に還すだけ。ある意味トレハロースのもっとも自然な使い方といえますよね。
トレハロースの優れた品質保持機能を、食品加工よりもさらに上流の農作物の生産にまで応用し、世界の農業課題の解決に結び付けられることに、大きな可能性を感じています」。

普及に向けてさらなる研究と法整備を

このように多くの期待が寄せられるバイオスティミュラントですが、多種多様な資材と用途があり、それぞれの効果については未解明の部分が多く、特に国内での普及へのハードルはまだまだ高いといいます。
「自然の作用というのは言い換えると穏やかな作用、他のさまざまな生育条件と絡み合うことで、効果の現れ方も大きく変動します。不確定な要素が多いので、農家の方がそこに労力とコストを投入しづらいと感じるのも無理はありません」と、須藤さんは率直に課題を語ります。
「普及に向けては、BS特有の性質への理解を促しつつ、産官学を挙げて有用性を数値的に実証していくことが必要です。その前提として、業界でのBS品質基準の議論と行政との意見交換は急務であり、協議会ではこれを喫緊のテーマとして活動を進めているところです」。

これからの農業において、化学農薬や化学肥料の使用を減らしてゆくことが求められており、それゆえにBSの活用は欠かせないものとなります。
有効な使用法が確立され、安心して農家の方に使ってもらえるようになれば、サステナブルな農業の実現に向けて大きな一歩を踏み出せるはずです。ナガセヴィータにおいても、トレハロースなどの製品・技術を通じてこの分野に広く貢献できるよう、さらに研究開発に注力していきたいと考えています。

わたしたちが注目するサステナブル・ポイントバイオスティミュラント

  • ●近年の異常気象により頻発する「非生物的ストレス(高温障害、塩害、冷害など)」に対する抵抗性を高め、 植物が本来もつ力を引き出すことで、農作物の増収や品質を改善
  • ●化学農薬や化学肥料の過度な使用を抑えることで、地力を回復し、持続可能な農業の実現に貢献
  • ●化学農薬の過度な使用を抑えることで、農業従事者を健康被害から守る
  • ●農作物の品質向上により選別などの省力が可能となり、農業従事者の労働負荷の軽減や廃棄ロスの削減に貢献